VINTAGE
2012年8月27日月曜日
2012年5月2日水曜日
Enzo Anselmo Ferrari
![]() |
with Vincenzo Florio |
![]() |
Targa Florio ,2 April 1922,Enzo Ferrari driving Alfa Romeo 20-30 ES |
![]() |
01 Jan 1956,Maranello Enzo Anselmo Ferrari and Lancia Ferrari D50(Designed by Vittrio Jano) |
![]() |
1958,Monza,Enzo Anselmo Ferrari,Phil Hill and Dino 246 F1 |
![]() |
1961,Enzo Anselmo Ferrari,156F1,Dino SP,250GTO |
![]() |
1983, His Office Maranello |
2012年4月3日火曜日
Tazio Giorgio Nuvolari
2012年2月23日木曜日
GRAND PRIX MERCEDES
![]() |
1914 French Grand Prix優勝した28号車 |
ポールダイムラー(ダイムラー社創立者の息子)製作
4500cc SOHC直列4気筒 約1090kg 115馬力
スチールボディ
板バネ前後輪サスペンション
1914年7月4日
第六回グランプリレース(フランス)で1・2・3位
一位ドイツ人レーサー Christian Lautenschlager
周回数20 平均時速105.677km
二位フランス人レーサー Louis Wagner
三位ドイツ人レーサー Otto Salzer
周回最高時速は別のMERCEDES(エンジンの故障でリタイア)の
112.325km(ドライバーはドイツ人レーサー Max Sailer)
1914年
第一次世界大戦勃発(GPの19日後)
![]() |
1914 French Grand Prix プロペラシャフトが原因でリタイヤした41号車(ドライバーはベルギー人レーサーTheodore Pilette |
2012年2月18日土曜日
GRAND PRIX BENZ
![]() |
1908 French Grand Prix七位のGRAND PRIX BENZ |
1908年(明治41年)
ベンツデザインチームとフランス人レーサーのVictor Hemeryが製作
12500cc 直列4気筒 1226kg以上 120馬力
スチールボディ
板バネ前後輪サスペンション
1908年7月7日
第三回グランプリレース(フランス)で初参戦(150馬力)
GRAND PRIX MERCEDESに負けるが二位(ドライバーVictor Hemery)
三位七位入賞
一位の平均時速111.117km
周回最高時速は別のMERCEDES(水冷ポンプの故障でリタイア)の
時速126km超えで在った 一位の周回数は10周
又此のレースでグランプリ史上初の死亡事故が起きた
1908年
ロンドンで第四回夏季オリンピック・FBI設立・T型フォード発売・愛新覚羅溥儀が清皇帝即位
2012年2月16日木曜日
FIAT GRAND PRIX 130hp
![]() |
1907 French Grand Prix 優勝したF-2号車とドライバーFelice Nazzaro |
1907年(明治40年)
FIATの技術者Giovanni Enricoと Carlo Cavalliが製作
16288cc 直列4気筒 830kg 130馬力
スチールボディ
板バネ前後輪サスペンション
1907年7月2日
第二回グランプリレース(ディエップ)で3台出場で1台が1位
1位イタリア人レーサーFelice Nazzaro
周回数10周 平均時速113.6km
周回最高速度はベルギー人ドライバーArthur Durayの乗る
フランスのLorraine-Dietrichの時速121.34km
残り2台は
9周でクラッチトラブルでリタイア
3周でバルヴギアトラブルでリタイア
クラッチトラブルでリタイアしたF-1号車ドライバーは
後にランチャ社を造る当時レーサーのVincenzo Lanciaがドライブ
フランス人レーサーAlbert Clémentは練習走行中に事故で死亡した
2012年2月15日水曜日
RENAULT GRAND PRIX
![]() |
1906 French Grand Prix 優勝した3A号車 |
1906年(明治39年)
ルイルノーが製作
8500cc 直列4気筒 900kg前後 90馬力
スチールボディ
板バネ前後輪サスペンション
1906年6月26・27日
第一回グランプリレース(フランス ル・マン)で3台出場で1台が1位
1位ハンガリー人レーサーFerenc Szisz
周回数12 最高時速154km 平均時速101.195km
2位の車に32分の差をつけた
残り2台は
8周で事故リタイヤ
5周で路上のゴミに因りドライバーのゴッグルが破損して眼を負傷しリタイヤ
1906年
サンフランシスコ地震・アテネオリンピック・伊藤博文韓国統監府初代統監
![]() |
![]() |
優勝した3A号車とFerenc Szisz |
登録:
投稿 (Atom)